(孤独死)とお迎え

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最近増えてる孤独死

孤独死とは家族や親族に見守られて大往生を

迎えることが出来ない事ですから

年老いた方や経済的に恵まれない方と

思われがちですがそうでは有りません。

(交通事故)(突然死)(就寝中の死)

(介護の方が離れた間の死)

(独居生活者の死)などなどたくさんの理由で

家族に見守られること無く一人旅立つことです。

テレビドラマのように家族親戚、友人たちに

手を握られ、互いに感謝の言葉を伝え、

コクッと静かに頭を垂れて旅立つという

形ですが、現在ではこれは非常に難しい。

しかし孤独死が必ずしも寂しいとは限りません。

また独居の方なら、もともとひとりで死ぬという

覚悟がある方も少なくないでしょう。

しかし、たとえ家族が一緒にいてくれる場合でも、

24時間体制で付き添ってくれていた妻が

トイレに行っている間に夫が息を引き取ることも

あるし、隣で寝ていた夫が朝になったら冷たく

なっていたということも、元気にしていた

赤ちゃんが突然静かになって気が付いたら

死んでいたということもある。

誰かと一緒に死ぬということは不可能であり、

最期は一人で旅立つことになると考えて

おいた方がよさそうです。

色んなケースを見てみますと大往生が

出来る環境が大家族が崩壊し核家族化が

進む現在少しずつ減少し孤独死が増えてることは

確かです。

では孤独死とはそんなに寂しい物でしょうか?

ここで孤独死に立ち会う機会の多い医師の

方々のおを聞いてみましょう。

医師や看護師のお話によると(お迎え現象)と

言う現象が有るようです。

お迎え現象で孤独死の方々も静かに安心して

旅立ち方も少なくないと言います。

では現実にはどんなことが有るのでしょう

70歳、男性。大腸がん独身

すでに治療は終了し、終末期と考えられた。

腹水が大量にたまり腹痛、腹部膨満感、

全身倦怠感があり、ほぼ一日中ベッドで

横になっていた。

以前は自分の意思表示も明確で医療者にも

協力的であったが、亡くなる1か月ほど前から

体調が悪いのか言葉を発しなくなった。

こちらからの問いにはうなずくか、

首を振ることでコミュニケーションは

かろうじてとれるが、細かな体調や心の

問題を把握できるほどではなかった。

主治医や病棟スタッフはうつではないかと考え、

抗うつ薬の投与が検討されていた。

ある日、私が彼の病室を訪れた時、机の上に

「南無真如一如大般涅槃経」と書かれたメモ帳が

置かれているのに気づいた。

そこで「信仰をお持ちですか」と問うと、

うなずかれた。

「今、あなたの仏様はどこにおられますか」と

問うと、「共に」と一言だけ答えられた。

「心配なことはありますか」と問うと、

首を横に振って返事をされた。

数日後、息を引き取った。

60歳、女性。卵巣がん。

衰弱が進行し、入院していた。

腹水で腹部は膨らみ、顔はやつれ、手足が

やせ細っていて、自力では動くことも

ままならない。

夫とは死別しており、子供がいないため

独居である。

母親は彼女が学生だった時に病死している。

ある朝の回診での出来事である。

「先生、昨日の夜、お母さんが会いに来て

くれたんです」

「お母さんはそこの椅子(ベッド脇のソファ)に

座って、窓の方を見ていて、全然私の方を

見てくれないの。

寂しかった。

もっと近くに来てって言ったけど聞こえない

みたいで」「手を伸ばせば届くような気が

するのに、手を差し伸べてくれない。

私、お母さんに何か悪いことしたかな」

翌日の回診でも彼女は暗い顔をしながら、

「お母さんはまだ私の方を見てくれない」

「背中を向けたままずっとそこにいる」と

話し、「早くこっちを向いてほしい」と訴えた。

翌々日の朝、彼女は非常にすがすがしい顔をして

私たちを待っていた。

「先生、お母さんがやっと私の方を見てくれたの。

とてもうれしい。お母さんが私の手をつかんで

しっかり握ってくれたの。

私、これできっとお母さんのもとに行けるのね。

うれしい。

先生、みなさん、いろいろお世話になりました。

ありがとうございました。

私は大丈夫です」

その日の午後、突然血圧が低下して

意識がなくなり、夜に亡くなった。

「温泉に行く」

抗がん治療を続けてきたが効果なく、食欲不振、

嘔気・嘔吐、腹痛、全身倦怠感、腹水などの

症状が出て、下肢のリンパ浮腫が増悪し、

自宅での生活がままならなくなり入院となった。

独身で、有名ブランド店の店長を任され、

仕事一途の生活を送っていたという。

生きがいにしていた仕事を他人に預け、

着替えや排せつなども看護師に任せなければ

ならず、介助なしに生活を営むことが困難な

状況になって、「こんな状態が長く続くのなら

死んだ方がまし」「人に迷惑をかけてまで

生きるのはいや」と言うようになった。

キーパーソンの姉に話を聞いたところ、父親は

認知症のため施設に入所中で、面会に行った

娘のこともわからない状況ということだった。

母親は乳がんが脳に転移し別の病棟に入院中で、

病状は厳しいとのことであった。

ある日、「母親が面会に来た」と言う。

しかし、周辺でそのような人物を目撃した人は」

いなかった。

数日後のある日の夕方、「母と温泉に行く話を

していた。

今帰ったばかり」と話した。その頃から一人部屋に

いて誰かに語りかけている姿が時々見られた。

「お母さんを送っていく」と言ってベッドから

立ち上がろうとして転倒したこともあった。

まもなくして、別病棟にいた母親が息を引き

取ったと、連絡が入った。

その後、約1週間で本人も永眠した。

姉は「母と妹は仲が良かったので、一緒に

温泉に出かけたのかしら」と語った。

死・お迎え・生きる

ここに挙げた方々にとって、「お迎え」に

訪れる死者たちは必ずしも恐怖の対象では

有りませんでした。

出現のしかたや会話も自然で、恐怖や不安も

感じていないように見える場合には、

その人のもとに一緒に行きたいという希求と

一種の安堵感のようなものが本人には生まれて

いるのかもしれない。

もしそうであるならば、「お迎え現象」は死の

恐怖を乗り越える助けになるのでしょうか?

生理的な生には限りがあり、死は必至で不死の

願いは叶えられない。

死が避けられないとすると、生の意味を

拡大解釈して死の苦悩を和らげようとする

考えが出てくる。

つまり死後生を願い、先祖となって家族、

家を守っていく存在となることも生の意味の

拡大解釈の一つの形ではないでしょうか。

死の時でも先祖は見守ってくれているので、

ひとりぼっちの寂しい最期はないと信じることも

できるのかもしれない。

ありきたりの話になるかもしれないが、

私たちはいつ最期を迎えるかはわからない。

その時が迫ってから「孤独のうちに死にたくない」、

「誰かに看取ってほしい」とジタバタする前に、

死から目を逸らさず、今のうちから時間を今日

一日を

精いっぱい生きる方が、この人生に満足し

安心して旅立てるような気がしますね。

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